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| ■会長挨拶■ |
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危機を好機に
―概念力の涵養と実現力の強化―
会 長 増田 優 |

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禍福は糾える縄の如し。そして危機と好機もまた糾える縄の如し。危機を機敏に活かし転換の契機と成し得れば、それは好機の始まりである。逆に好機に機先を制することなく機会を逸すれば、これは危機の伏線となりかねない。過去数十年間の日本の動きをこの視点から大胆に省察してみよう。
1970年代に石油危機に直面し、必死の努力によって10年間という短い歳月の内にこの危機を克服した。それは国民生活と国際競争力にかかわる死活的な危機であると同時に、省エネルギーに取り組む契機となった。そして日本は機敏に行動した結果、効率を高め経済の土台を固める好機とした。
この経験を踏まえ20世紀第4四半期に発展した生命科学の知見をも取り入れて1980年代の末に、抜本的な技術革新と途上国への技術移転による地球環境の改善という新たな概念を提起した。そして数百億円を投じて地球環境産業技術研究所と国際環境技術移転研究センターを設立した。日本は地球温暖化を解決に導く旗手として世界の耳目を集めた。日本が成金趣味の単なる経済大国から脱し、世界から敬意を払われる社会に昇華する好機であった。
しかし経済の沸騰の中で忘れ去られ、新たな法令や制度を準備することもなく地道な努力を積み上げることも怠った。排出権取引などの新たな概念が提起され市場が形成されるなど、その間に世界は着実に進展した。好機を活かしきれず、今や日本は危機の中で漂流している。
こうした閉塞状況を打開するために洞爺湖サミットは確かにひとつの機会ではある。これを好機となせるか否かは日本の過去を省み世界の将来を見通した包括的な概念を提起できるか否か、そしてその実現に向けて機動的に努力を傾注し続けられるか否かに懸かっている。待機後追いかけても得るものは少ない。
さて化学物質の管理の世界に目を転じてみよう。ここにおいても日本は危機に瀕している。欧州の化学物質管理規則(REACH)に代表される化学物質総合管理の滔々たる流れが世界を席巻しつつある。そして産業は厳しい国際競争の中で商機を失い、政府は国際社会から取り残される危機に直面している。しかし危機は突如として現出した訳ではない。何度か訪れた好機を逸した結果である。
1960年代に顕在化した公害は正に生死を分ける危機であった。1970年代の初めに制定した化学物質審査規正法はこの危機がもたらした落子である。そして化学物質審査規制法が提起した分解性と蓄積性に着目する概念は、世界の機先を制するものであり日本に好機をもたらした。
1980年代の前半まで化学物質管理に関する世界の論議において日本が一目おかれていたのは、この概念とそれに関わる科学的知見の集積によってである。30年後の残留性有機汚染物質(POPs)に関する条約の締結によって化学物質審査規正法が示した概念は世界の規範へと発展した。しかし惜しむらくは、この概念の価値を履き違えた上に化学物質審査規正法の意味を取り違えたために、この概念を大切に育てることを怠り日本は好機を逸した。POPs条約を日本の成果であると認める人は今や皆無である。
一方1980年代に世界の概念は化学物質総合管理(Integrated Chemical Management)へと進化を遂げた。一時の成功は人の目を曇らせる。この機運を日本は見逃した。これが今日の危機をもたらした真因である。その後何度か勝機を取り戻す機会が巡って来たが、それを逃してしまった。この逸機が法律などの社会制度の陳腐化をもたらしたのみならず、企業が能力の向上を図る機会を奪い、さらには専門人材の育成と教養教育の変革への道を閉ざしてしまった。
最初の機会は1980年代の半ばに巡ってきた。国際的に合意した上市前最小評価項目(MPD)の概念を導入し、情報交換の仕組みを構築しようと試みた。しかし時機を得ず、化学物質審査規制法の枠内の些細な改正に終わり、化学物質総合管理の概念への進展は果たせなかった。
1992年に自主管理として開始した情報の交換・提供(MSDS)制度が7年の歳月を経て社会に定着し、再び時機が到来した。化学物質管理促進法の制定によって概念の転換を図ろうと試みた。しかし同様に1992年に自主管理として始まった汚染物質排出・移動登録(PRTR)制度の波に飲み込まれ、化学物質総合管理の概念に沿った枠組みを創るには至らなかった。
次の機会は1990年代の末に訪れた。従来政府が進めてきた高生産量化学物質(HPV)の評価活動を民間機関のもとに産業界の力を結集して自主的に実施する体制の構築を試みた。しかし発起人会を開催し決議したにも拘わらず、その後確たる理由も明示せぬまま事柄は立ち枯れてしまった。こうして3度にわたり概念と枠組みの転換をはかる機会は潰えてしまった。同時に今や世界的な潮流となっている自主管理の機運さえも摘みとってしまった。
しかし機知をもって機敏に行動しこうした機会を活かした者もいる。MPDの論議に際して化学物質総合管理の能力が将来の競争力格差を生み出すと明言し、1980年代からMPDを念頭に科学的知見を地道に積み上げてきた者がいる。また、HPVをめぐる紆余曲折に翻弄されながらも好機と捉え、着実に検査、試験から評価へと活動の進化を成し遂げた者もいる。これらの者にとっては現状は危機ではなく、それぞれの活動を大きく発展させる好機となっている。
隠れ蓑に使うことはあっても今や役所の無謬性を無条件で信じる者はいない。他者の庇護からも干渉からも自由になって自律的に判断し責任を持って自立的に行動する者のみが、危機を好機に転換し得る。今日の危機に際して過去30年にわたって世界が育んできた化学物質総合管理の概念を実現する力とともにこの概念を超える魅力を持った概念を提起する力が待たれている。熟柿が自ずと落ちるが如く機は熟している。
さらに生物管理の世界に目を転じてみよう。はるかに大きな危機が間近に迫っている。それは新興感染症の脅威である。1980年に世界保健機関(WHO)が天然痘の根絶宣言をした。そして伝染病は制御したとして大学の関連する学科を次々と閉鎖する動きが顕在化した。しかし事態は想定とは逆に急展開し危機が到来した。新興感染症の脅威をインフルエンザを一例に検証してみよう。
現在世界に蔓延しつつある高病原性鳥インフルエンザ・ウィルスが変異して、人に対する感染性を有する高病原性インフルエンザ・ウィルスに変異することは、生物学的に見れば必然であり後は時間の問題といってよい。同様な事を人類は経験している。スペイン風邪と呼ばれる新種のインフルエンザが猛威を振い、1918年には世界で数千万人が日本でも数十万人が死亡した。
これまでも毎年のインフルエンザの流行に対処するために予防接種などの対策がとられてきた。しかしその対策は必ずしも十分なものとは言い難い。インフルエンザ・ワクチンの生産に際して数千検体のDNA解析を行えばワクチンの適合率が各段に向上することが知られていた。にもかかわらず、わずか1億円にも満たない財政資金の支出を躊躇するがために、その10分の1の解析もできていなかった。毎年のインフルエンザの流行がもたらす人的損失や社会的経済的な損失を考えれば理解し難い。そうした状況の直中に放置された専門機関の無念は察するに余りある。
高原性の鳥インフルエンザが人インフルエンザに変異した場合の影響はその比ではない。日本における死者は数百万人に及び罹病者は数千万人に達する。被害は生命の喪失だけではない。社会機能は麻痺し経済活動は停滞する。それによる損失はバブル崩壊後の経済損失と比べても計り知れない。そしてスペイン風邪の経過やペストに襲われて人口の3分の1が亡くなった欧州の歴史を紐解けば明白なように、後々に至るまで社会に大きな爪痕を残す。
この危機に対して政府は千万人分のワクチンを製造することを打ち出した。しかしこのような通常時の対応と同列の措置で十分であるとはとても思えない。危機に直面しては別次元の対策が不可欠である。かつて「油断」という石油危機が社会や経済に甚大な影響をもたらすとの想定が語られた。それにも拘わらず機先を制して適切な対応をとり得ず社会の大混乱を招いた教訓を活かさなければならない。
1973年の石油危機に際して現実の石油供給は減少していなかった。それは実態のない亡霊であった。それにも拘わらず物資を買い求める長蛇の列ができ、妻子の生活を案ずるが故に泣きながら包丁を振りかざした人が石油の供給を懇願しに来た。社会は亡霊におびえて自ら蹴躓いた。当然危機が原因で死亡した人は皆無であったが社会は危機であった。しかし同時に、それはそれまで成し遂げられなかったことを実現する好機ともなった。
それまで人々に嫌われ困難を極めていた石油備蓄基地の立地が石油危機の恐怖によって動き始めた。そして全国に配備した石油備蓄の維持管理に必要な経費を賄うために石油税を創設し、今日に至るまで毎年数千億円を費やしている。社会の危機に際し人々の心の機微を捉え世界の機運に乗じて成し遂げた。以降湾岸戦争はじめ幾度か危機が勃発したが、日本社会が混乱に陥ることは無かった。しかし機知を持って機敏に行動すること無く、1973年の石油危機による社会の混乱を未然に防止し得なかったことは痛恨の極みである。
高病原性の鳥インフルエンザが人インフルエンザに変異することによって起こる危機は、1973年の石油危機の様な実態のない亡霊ではない。確実に多くの人々を死に至らしめる。罹病した人にワクチンを与えることなく済ますことができるとはとても思えない。また、とりあえずじっと静かにして節約に努めることにそれなりの意味のあった石油危機と違って、じっと待機しているだけでは何も事態は改善しない。人々の心の機微を理解し恐怖に覆われた社会の危機的な状況を想定して、機先を制し未然防止を実現するためにあらゆる手だてを機動的に講じなくてはならない。
そればかりではない。自分自身が罹病したが故に、或いは家族が発熱したが故に、さらには込み合う電車での感染を怖れが故にわずか1、2割の人々が出勤しなくなっても、確実に社会は麻痺し経済は停滞する。この点においても亡霊に過ぎなかった石油危機による社会の混乱とは比較にならない。
何故、国民の全員に投与するのに充分な量のワクチンを生産し備蓄しないのか。それによって国民の安全を護る術を尽くさないのか理解に苦しむ。そのために必要とされる予算は如何ばかりであろうか。おそらくは石油備蓄の毎年の経費に比べて桁違いに少ない額であり、防衛や産業振興そして教育や科学技術振興にかかる国家予算の誤差範囲と言っても良いほどの金額である。ましてや年金や健康保険の資金規模からみればとるに足らない。
事は社会や経済の安全保障の問題でもある。備蓄の仕方一つにしても国民が安心できるようにひとりひとりの身近な所に置くといった工夫をする必要はないのか。それが国民の危機への理解を増進し自己責任の意識を高めることにも繋がるのではないか。機転を効かせ社会や経済の混乱という危機をも回避する術を工夫しなくてはならない。
鳥インフルエンザの人インフルエンザへの転化を決して望むものではない。しかし必ず襲ってくる危機である。そしてそれは石油危機のような亡霊ではない。毎年多くの命を奪い社会的経済的損失をもたらしているインフルエンザという凶悪犯が刃物ではなく大砲を持って現れるに等しい。日本は資金力、技術力を有しその危機に打つ手を持ちうる数少ない社会である。何をどう守るのか新たな概念を国民に提起して明確に社会における優先順位を問いかけ、確固たる方針を確立して今度こそ未然防止を実現しなければならない。時機は今である。着実に一歩を踏み出すことによって世界によき例題を示す好機でもある。
これらの幾つかの例を見ても化学生物総合管理学会において論じてゆくべき課題は多い。世界の中にあって機を見る目を育て、地道な努力によって機を制する力を蓄え、自由な論議によって機に動じない社会に鍛える必要がある。禍福は糾える縄の如し。しかし何をもって危機となし何をもって好機となすかは、人皆一律ではない。それぞれの禍福の道を模索しつつ社会に提言し論議を尽くして共通認識を広げてゆく場として、この学会が多くの人々に機会を提供できることを楽しみにしている。
2008年1月1日
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